開発者インタビュー

探究を積み重ね、ひたすら原音の探究をめざす。HA-FXZシリーズ開発裏話。

インナーイヤーヘッドホンの常識を覆した新発想のストリームウーハーを生み出し、新構造の「ライブビートシステム」で驚きのサウンドで世の中をあっと言わせたHA-FXZシリーズの開発者、三浦拓二さんと田村信司さんにお話しをうかがいました。

  • 女性ジャズボーカル好き三浦 拓二
    JVCケンウッド 商品設計部
    シニアエンジニアリングスペシャリスト

  • UKロック好き田村 信司
    JVCケンウッド 商品設計部
     

“業界初”発信で、つねに世の中をあっと言わせてきた
JVCインナーイヤーヘッドホン。

JVCは、つねに新しい発想で業界初、世界初の商品を開発されていますが。その原動力は、いったい何なのでしょう?

三浦根底にはJVCの「原音探究」という音作りの理念があります。小さなヘッドホンでもライブ感のある生の音を再現したい。そのために、どういう構造がいいか、どういう素材がいいか、いろいろな方向からアプローチして試行錯誤しながら技術を積み重ねています。最初から業界初、世界初をめざしているのではないのですが、原音を探究する音作りをしていったら結果的にできあがったものが業界初、世界初ということになりました。

FXZシリーズは、音の解像度とリアルな重低音を両立させ、
ウッドベースとエレキベースの音の違いを聞き分けられる。

ツインシステムユニットを搭載したFXT90に引き続き、今回さらに新しい構造である「ライブビートシステム」を開発されたわけですね。

三浦次のステップアップをどうしようかと開発スタッフと数ヶ月にわたり喧々諤々と議論を積み重ねました。「2の次は3だろ! 4だろ!」という話も出たのですが、一度、ユーザーの立場にかえって、どんな音作りをしていったらいいか、どんな音が望まれているかを考えました。今までのインナーイヤーヘッドホンで重低音を出すタイプは、中高音が埋もれてしまいボーカルが聴きづらく、スタジオモニタータイプのものは、解像度はあるものの低音の迫力が足りないという結論に達したんです。

初心に立ちかえり、一から新製品の開発にあたったんですね。

三浦はい。よく、「ウッドベースとエレキベースの音の差がわかるか?」って問いかけをするんですが、今までの重低音タイプのヘッドホンは低音の量は出ているが、質がともなっていないことが多かった。
ユニット1個でも低音まで出すことはチューニングでできますが、そうすると中音域が少しへこんだり、高音域が物足りなくなったりする。そういうものは作りたくなかった。
Hi-Fiオーディオ用ヘッドホンとして、周波数的に重低音だけじゃなく中高音域もちゃんと出ないといけない。周波数帯域の一部だけ強調したものは出したくなかった。重低音ヘッドホンを開発したかったのではなく、ウッドベースとエレキベースの音の違いをちゃんと聞き分けられるような全帯域をきれいに出すヘッドホンを開発したかったんです。

実際、どのように商品にまとめていったのですか?

三浦まず、中高音域をキレよく出し、低音域もそのまま出すには、1個のユニットではなく最低限2個以上のユニットに分けることにしました。そして、低音域を担当するユニットは、フラットな周波数特性ではなく、中高音域をカットしたサブウーハータイプのものにして、中高音域用ユニットと組み合わせることで、中高音域の干渉・歪みをなくして全帯域でエネルギー感のある音を実現することを目標としました。
しかし、実際どうやって実現すればいいか、それが難しい(笑)。いままで、ダイナミック型のヘッドホンでサブウーハーを搭載したものはなかったんですよ。

世の中にお手本にするものがないので、ゼロから考えなくてはならなかったわけですね。

三浦低音域と中高音域の音を干渉させたくなかったのでウーハーの帯域の上の方は落としたかった。それには2つの方法があるんです。一つが電気的に切る方法。いわゆるネットワークですね。コイルを入れれば、帯域の上をカットすることができます。今回は100Hzで切ることを目標にしていたので、それを実現できるコイルの容量を計算してみると 38mHというものすごく大きな容量のコイルが必要なことがわかりました。
38mHのコイルなんて世の中に部品としては存在していないんですね。チップ部品では、せいぜい1mHが上限です。それだと4kHzぐらいまでしかカットできない。電気的にカットするのは最初の段階で諦めざるをえませんでした。となると音響的にやるしか手段はありません。
そこで出てきたのが、ステレオスピーカーのサブウーハー構造の一つケルトン方式をヘッドホンに応用するというアイデアです。ケルトン方式は、スピーカーユニットを筐体で密閉し、音はダクトから出します。このときに低音域だけを抽出できるという特性があります。より低い音域のみを出すには、ダクトの長さを長くするか、ダクトの内径を細くする必要があります。
しかし、インナーイヤーヘッドホンではダクトを長くするのに限界があります。せいぜい数10mmが限度です。その長さにしたとき、内径はどのくらい細くしなければならないのか?計算してみると内径数mmではほど遠く、コンマ何mmまで追い込まないといけないことがわかりました。

コンマ数mmのダクトから音がでるのでしょうか?

三浦私たちも見たことがない構造なので、ちゃんと音が出るのか、まったく確信はありませんでした。(笑)
音響屋としては、インナーイヤーヘッドホンを設計する場合、音響抵抗をできるだけ小さくするのが原則です。音の通路はできるだけ太く、大きく。表面はできるだけ滑らかに。曲げないといけない部分があったら急カーブではなく、できるだけ緩やかなカーブにする。今回のように、細く長くするなんてことはまったく逆のことなんです。今までやったこともないし、そもそも思い付きもしないようなことでした。しかし、理論上、そうしないと低音がでない。そこで、とにかく試作品を作ってみました。

試作品を装着する田村さん

これはまた実にユニークな形状ですね!

三浦装着している姿は、まるで宇宙人ですから、社内のスタッフには笑われました。(笑)
しかし、実験してデータをとってみると見事に低音域が出ていることがわかりました。周波数特性上もきれいに100Hzで落ちている。音圧もちゃんと出ていました。この構造をサブウーハーに応用すれば、目指す商品を作れる見通しがつきました。しかし、試作品の状態ではさすがに商品になりません。ここから商品化への2番目の苦労が始まりました。

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