ゼロから技術を積み重ねて、原音を探究。
HA-SZシリーズの開発裏話。

インナーイヤーヘッドホンHA-FXZシリーズに続き、いよいよバンドポータブルヘッドホンHA-SZシリーズがデビューしました。発売を心待ちにしていた方もたくさんいらっしゃったかと思います。LIVE BEAT SYTEMの音をバンドポータブル型ヘッドホンで、さらにプレミアム感のあるものに進化させた開発者の三浦拓二さんと柳下裕治さんのお二人にお話を伺いました。

柳下裕治
JVCケンウッド
ホーム&モバイル(HM)事業グループ
HM技術統括部
商品設計第三部
第一設計G グループ長

三浦拓二
JVCケンウッド
ホーム&モバイル(HM)事業グループ
HM技術統括部
商品設計第三部
開発G 参事

ついに登場! LIVE BEAT SYSTEM搭載のバンドポータブルヘッドホン。

バンドポータブルヘッドホンの開発には、いつ頃から取り組まれたのですか?

三浦もともと、LIVE BEAT SYSTEMはインナーイヤーとバンドポータブルの両方でやろうと考えていました。具体的にバンドポータブルの開発に取りかかったのは、インナーイヤーのHA-FXZシリーズの基本開発が終了した2011年の秋からです。

休む間もなく開発に取りかかったわけですね。さて、インナーイヤーとバンドポータブルでは、どちらが開発に苦労されましたか?

三浦それぞれ違う要素が入ってくるので、どちらが難しいとは一概には言えません。どちらも、めざす音は一緒なんですがそれぞれ違う点で苦労しました。インナーイヤーはあの小さな空間の中に、どうやって複雑な機構を入れ込むかが最大の課題でした。バンドポータブルは、インナーイヤーに比べれば空間に余裕がありますが、LIVE BEAT SYSTEMの密度の高い機構を、小さく凝縮するのにいちばん苦労しましたね。また、バンドポータブルのHA-SZシリーズはワンランク上の価格帯で商品化を予定していましたので、それに見合ったレベルの音が要求されます。音のクオリティを上げるために最後の最後まで手を尽くしました。

設計上の自由度の高さは、難易度の高さでもあった。

具体的にご苦労なさった点は?

三浦一般的にヘッドホンは、フルレンジユニットを1つだけ使って音を再現していることが多いのですが、LIVE BEAT SYSTEMはマルチユニットを採用しています。今回も低音用の直径55mmと中高音用の30mmの二つのユニットを使っています。この場合、設計上の自由度がとても広くなります。それが長所でもあり短所でもあるんです。つまり、自由度が大きいということは、決定しなければいけないパラメーターがたくさんあるということです。今回はケルトン方式にプラスしてダブルバスレフという方式を採用したので、チャンバーが低音用ユニットの後に1つ、前に2つ、さらに中高音ユニットの後に1つ、合計4つもあることになります。それぞれ、その容積をどうすればいいのか。全体としてどういうバランスにすればいいのか。過去に参考にできる事例がないので、ゼロから手探りの状態で開発していきました。勘と経験を頼りに、試行錯誤を繰り返す地味な作業が毎日続きました。もちろんシミュレーションである程度は予測できるのですが、最後の決定は聴感で何度もテストを繰り返しました。最初の試作機は今の2倍ほどの大きさでした。そこから今の大きさまで、クオリティに磨きを掛けながらコンパクトに凝縮させる作業がいちばん苦労した点でした。

HA-SZシリーズは密閉型のヘッドホンですが、何か理由があるのですか?

柳下バンドポータブルというと室内で利用される方が多いと思いますが、この機種は屋外でもLIVE BEAT SYSTEMのいい音を存分に楽しんでもらいたいと考えました。そのため、音漏れの少ない密閉型を採用しました。
最近の海外高級機は、オープンエア型が多いと思いますが、オープンエア型だとどうしても音が外へ漏れてしまいます。音が外へ漏れると言うことは、外の音も中に入ってくるということで、心理的な部分も含み使用するときの開放感はあるのですが、この機種ではLIVE BEAT SYSTEMの臨場感のある音に集中してもらいたい、と考えたのも密閉型を採用した大きな理由の一つです。

過去最大級の直径55mmのウーハーを新設計。クオリティを伴った低音を追求。

三浦さんは、インナーイヤーの時は女性ジャズボーカルを聴きながら開発を進めていたそうですが、今回は何を聴いていましたか?

三浦今回もそれだけではありませんが、同じです(笑)。試聴する音楽は、設計担当者によってまちまちですが、自分の好きな楽曲、いつも聴いている楽曲を聴いてみるのが、いちばん違いを感じとることができると思います。
今回は、細やかな楽器の質感まで感じ取れるものを作りたかったんです。低音の量だけを出すのは、それほど難しいことではないんです。しかし、分解能、解像度、ダイナミックレンジなどクオリティを伴った低音を出すのは難しい。インナーイヤーでは構造上、耳の中だけで低音を感じますが、バンドポータブルでは、耳の周辺に空間があるので、耳全体で低音を感じることができます。ですからインナーイヤーとはまた違う迫力が感じられ、よりライブ感のある音になっています。試聴をしていて、今までもっと低音が入っていると思っていた曲が、これで聞くと低音は入っているけど、それほどものすごい量ではなく、深く厚い音だと気づき驚いたことが何度もありました。

低音用のヘッドホンというわけではないんですね。

三浦新商品発表会でも、これは低音用ヘッドホンですか?というご質問をいただきましたが、低音はしっかり出すけれど、中高域もちゃんと出し、全域をはっきりくっきり出すのが狙いです。だからこそ、細やかな息づかいまで感じ取ることができるライブ感のある音を再現できるのです。

HA-SZシリーズの低音ユニットは、直径が55mmという大きなものですね。

柳下大きな面積を持った振動板の方が、ゆとりがある低音が出ます。そこで今回は新設計の直径55mmのウーハーを採用しました。これはJVCの歴史の中で過去最大級のヘッドホン用ウーハーです。しかし、ヘッドホンは頭に装着して使用するものなので、むやみに大きくすると重くなって使用感が損なわれてしまいます。その辺のバランスをどう取っていくかを繰り返し検討して決めていきました。

リアルな重低音を耳へと導く、デュアルストリームダクト。

HA-FXZシリーズでは、細長いストリームダクトが特徴的でしたが、HA-SZシリーズではデュアルストリームダクトが印象的ですね。

三浦開発当初は、空気室とダクトが各々1ヶのケルトン方式で試作してみました。この方式でも低音はしっかり出たのですが、ウーハーからは出てほしくない中高音まで出て来てしまいました。このままではダメだなあ…といろいろ考えました。ネットワーク回路を入れて電気的に解決する方法もあるのですが、使用できる部品が少なく、あっても音質上優れた部品は巨大なものになってしまうので音響的になんとか解決しようとダクトの形状を研究しました。ダクトを太く長くしてユニットの周囲をぐるぐる巻きにするアイデアも試してみたんですよ。結果は悪くなかったのですが、あまりに大きくなりすぎるので不採用(笑)。最終的に前面の空気室を2ヶにしたダブルバスレフ方式にして、さらに出口のダクトを2本にすることでダクトの断面積を確保し高品質で豊かな低音抽出が可能になりました。

HA-FXZのストリームダクトはステンレス製でしたが、デュアルストリームダクトの材質はなんですか?

柳下HA-FXZシリーズでは、細く長いダクトを曲げて使用する必要がありました。柔らかい素材だとダクトを曲げた際に、音道がつぶれる恐れがあります。そこで固い素材を使ってダクトを加工しました。HA-SZシリーズでは、様々な部品やケーブルが詰まっている中にダクトを設置する必要があり、それらの部品類と接触して共振音が出るのを防ぐため柔らかなシリコンラバーを採用しています。
これにより低域は300Hz付近でしっかりと減衰し、クオリティを伴った低音を再現しています。同時に中高音ユニットでは、逆に300Hz以下をカットするようにバックキャビティーの容積、吸音材、マグネットの強さを最適設計することにより、歪みのないよりきれいな音を出しています。2つのユニットのいいところだけを取り出して使っているんです。

プレミアム感のある音を再現するため、最後の最後までこだわり抜いた。

今回の開発での裏話はありますか?

三浦裏話と言えるかどうかわかりませんが、HA-SZ2000は、プレミアムモデルという位置づけになっています。そのため、ブラス(真鍮)製制振シリンダーを採用して低音の分解能を上げてはっきりくっきりした音作りをしました。また、銀コートOFC線の採用で中高域はもちろん全体行きで解像度をさらによくしました。しかし、自分の中でプレミアムモデルと呼ぶにはなにか一つ足りないものがあるなあ、とずっともやもやしていたのです。開発の最後の最後、ぎりぎりのところでドライバーユニットの磁気回路の鉄素材に注目しました。通常、鉄の部品は冷間プレスといって、高熱をかけずに鉄の板にドンと力を加えて加工しています。力ずくで叩いて成形するわけですから分子レベルでみると中の組織は歪みだらけになっていて、これが音にも影響します。そこで、HA-SZ2000では磁気回路の鉄素材に熱処理を施しました。950度近い高熱をかけて加工し、1日以上かけてゆっくりと冷やしていくことで歪みのない組織にすることができます。この熱処理を行ったことで、もやもやしていたものがすっきりと晴れました。自信をもってプレミアム感のある音に仕上がったと言えます。あまりにギリギリまで追求していたので、カタログなどにはこのような情報は記載されていないのです(笑)。最後まであきらめずにやってよかったと思っています。

なるほど、最後の最後までこだわり抜いたのですね。

三浦実は、音漏れに関してもかなり苦労したんです(笑)。製品を作り上げていく過程で、開発者だけではなく企画や営業など他の部署のスタッフも入れて試作機での試聴会を行います。開発サイドでは、問題ないと思っていたのですが、聴く音楽の種類や音量によっては音漏れが少し気になるという声が上がりまして、対応に追われました。
ヘッドホンは、振動板が振動することで音を発生しています。完全に密閉してしまうと空気の動きも抑制されてしまい、低音が出にくくなるんです。そこでわずかに空気が出入りできるようにしてあるのですが、そこから中高音が漏れていることがわかりました。いろいろな手を考え、実は最終的に後ろ側にも隠しダクトを2本設けて、音漏れとして気になる中高音域をカットさせることで解決しました。

スピーカー理論を高次元で活用し、ヘッドホンの進化はこれからも続く。

そんなところにまで音響理論が活かされているとは驚きです。いろいろな意味で初めてのことの積み重ねだったんですね。

柳下HA-SZシリーズに関しては、技術陣がいちばんやってみたかったことに挑戦しています。事前に決まったルールがあるわけではありませんでした。技術者にとって、それが楽しみでもあり、苦しみでもあったわけです。手本にする前例がないのでまったくゼロから積み重ねていかなければなりませんでした。作り上げていく中で数値もしっかり取っていきますが、数値に表れない要素も音に影響します。最後は自分の耳を頼りに仕上げていくしかありませんでした。

LIVE BEAT SYSTEMには、スピーカー理論が上手く生かされていますね。

三浦私はスピーカーエンジニアを30年以上やっていたので、スピーカーの音というのが自分の作る音のイメージとしてあります。大型のフロア型スピーカーの音をヘッドホンで再現したいという気持ちを持っていました。スピーカーをいい音で聴くには部屋から造っていく必要があります。また、一般的に普通のお宅では大音量でスピーカーを鳴らすことはできないでしょう。ヘッドホンなら、いつでもどこでも人に気兼ねしないで好きな音楽を好きな音量で聴くことができますね。私にとってヘッドホンとは、いい音を聴くための最良のアイテムという位置づけです。ケルトン方式やダブルバスレフもスピーカーづくりの経験が基になっています。スピーカー理論には、まだまだヘッドホンに活かせるものがあると思います。もちろん、新しいことをやるのが目的ではなく、あくまでも最終目的は「原音探究」です。その手段として新しいことにどんどん挑戦していきたいですね。

JVCの原音探究に終わりはないのですね。今後も期待しています。ありがとうございました。