STORY 開発者インタビュー 音が「心に響いた」ということは、アーティストの想いが伝わったということ。光学&オーディオ セグメント AVCビジネスユニット第一技術部 第二設計グループ 田村 信司さん

業界で初めて2つのドライバーユニットを縦に並べ、ヘッドホン市場に新たな一石を投じた『HA-FXT90』。あれから3年、その後継機として満を持して発売された『HA-FXT200/100』について、商品設計を担当した第一技術部 田村信司さんに話を伺いました。

2つの“ハイスピード化”で、ダイナミック型の限界を超える。

はじめに先行機『HA-FXT90』についてお伺いします。FXT90で採用されていた“ツインシステムユニット”とは一体どんなユニットだったのか、お聞かせください。

はい。ツインシステムユニットとは、中高音域用のユニットと中低音域用のユニット2つを、1つのメタルベース内に組み込み一体化したものです。これによって、コンパクトながらスケール感あふれる低音域とクリアで豊かな中高音域の共存を実現し、最大限に高密度化された音を再生できるようになりました。これは業界初のものとなり、形状もまるで小型スピーカーを装着しているようだと大きな反響がありました。

それでは今回のFXT200/100は、どのようなテーマで取り組まれたのですか。

FXT90に関しては、お客様をはじめとした各方面から「スケール感あふれる高密度サウンド」として大変なご好評をいただきました。それから3年を経る中で、「バランスド・アーマチュア型(※)のような高解像度サウンドがもう少し出てくれると嬉しい」「低音を強化してほしい」というご意見も寄せられるようになりました。また、FXT90から「もっと空間の広がりを表現したい」という技術課題もありました。これらのご意見や技術課題をできる限り叶えようと企画されたのが今回のFXT200/100です。バランスド・アーマチュア型は、音の変換効率がとても良く1つ1つの音がきれいに出ますが、重低音や最高域の音が出にくかったりします。逆に、私たちが多くの製品で採用しているダイナミック型は、低域から高域まで幅広く音が出る分、音の高精細化が難しいんです。そこでFXT200/100では、ダイナミック型を採用しながら限界まで高精細化を突き詰めることで、重低音と高精細サウンドの両立を目指しました。
※ダイナミック型と並び主流となっているヘッドホン駆動方式。補聴器などで多く採用されている。

具体的にどのような技術で高精細化を突き詰めたのですか。

最大のポイントは業界初の“ツインシステムユニット”をさらに進化させた“Hi-SPEEDツインシステムユニット”です。まず、2つのユニットの各々前方にマグネットを追加(マルチマグネット構造)して、振動板にかかるボイスコイルの磁力を最適化させました。これによって、振動板の反応速度が劇的に向上し、音の立ち上がりがぐんと強化されています。さらに、チタンという硬い金属素材でコーティングした“チタンコート振動板”を採用することで、振動板の表面的な応答速度も高めることができました。この2つの「ハイスピード化」によって音の解像度を高め、ダイナミック型の長所はそのままに高精細化を実現することができました。

開発者としての満足度はいかがですか。

私たちがこれまで作ってきたダイナミック型の中でも、解像度、低音の締り、空間表現、立体感のすべてが高いレベルで向上できたと思います。実際に社内での評価会でも「いいものができたね」「前回からまた進化したね」というコメントが寄せられ、個人的にも満足しています。

低音はどう進化したんですか。

低音は“ツインバスポート”で進化させました。ユニットの背面に2つの穴を設けて空間を少し開放したんです。これで振動板が動いたときに穴から出る空気の量を調整し、余計な反射をおさえて締りのある低音を実現しました。

バスポートが2つ(ツイン)あるんですね。

ユニットが2つあるので、バスポートも中高音域用と中低音域用の2つを用意しました。内部構造で後ろの空間を調整してバランスを取り、それぞれのユニットの背圧を最適化しています。

今回新たに採用されている“アコースティックチューブチャンバー”は、どんな役割を果たしているのですか。

ヘッドホンから音を出す際、前方に障害物があると音(特に高域)をロスしてしまうので、ドライバーユニットをできるだけ前方に設置したいと考えました。しかし、逆にユニットを前へ前へと移動すれば、その分前方から受ける空気の圧力が強くなり振動板の動作にも歪みが生じてしまいます。この問題を解決すべく、FXT200ではチューブ状のダクト(アコースティックチューブチャンバー)をユニット前方から筐体内をUターンさせるように通し、前方容積を増やすことで、かかる空気の圧力を分散させました。つまり、前方に容積が少なかった分、チューブを1本後ろへと通すことで前方と後方の容積を同等に近づけ、振動板がスムーズに動けるようにした、ということです。

後ろの空間に圧力の逃げ道を作ったということですね。

そうです。もともと耳栓型は、密閉しているので音が潰れやすい構造になっていますが、空間を大きくすることで対応しました。低域の広がりや奥行き感が出やすくなった上に、ムダな動きも抑制できるので、高域までに亘ってきれいな振動板の動きを実現できるようになりました。

なるほど。ちなみにFXT100とFXT200にはどのような違いがあるのですか。

FXT100はフロントマグネットとチタン振動板で高解像度化を実現し、ツインバスポートで低音を増強しました。FXT200はそこからさらにユニットの後方へリアマグネットを追加して、より正確に磁力を調整できるようにし、アコースティックチューブチャンバーで振動板が入力信号に対して正確に動作するようにしています。さらに、高比重ハウジングや銀コート線といったワンランク上の素材を採用し、音に磨きをかけました。

今回のFXT200/100で具体的に目指した音のイメージを教えてください。

今回、私たちはFXT90の高密度サウンドをベースに「さらなる高解像度化」「締りのある低音再生」「立体感のある空間表現」をプラスしていくことを目指しました。「生で音を聞いているような」「音の波を浴びてるような」感覚を味わっていただきたいということです。

高い理想を形にし、ベストな製品へと結びつけるまで。

最も苦戦した点はどこですか。

いかにコンパクトにするかですね。前回の課題を解決するために新たな要素を盛り込んでいくので、当然その分必要な容積が増します。大きくなって使い心地が悪いものにはしたくなかったので、こだわって工夫をしました。ここのところでは社内の開発メンバーとも何度もやりとりをしました。「Hi-SPEEDツインシステムユニットをやる上でこの寸法はゆずれない」とか、「ここは妥協したくない」とか、「このサイズじゃ売れない」とか(笑)。侃々諤々の議論があって、ようやく納得できるデザインへと辿り着きました。苦労の甲斐あって、今までのJVCの商品にはない斬新な形に仕上がったと思います。このユニット後方の流線型もハイスピード感を表現しているんですよ。音のイメージをデザインにプラスしてもらいました。

数量限定のリミテッドバージョン(FXT200LTD)のデザインもカッコいいですよね。

リミテッドバージョンは編組コードの見え方にも結構苦労しました。普段スーツを着ているような方々にも通勤途中でいい音を楽しんでいただけるようにと想定していたので、「スーツにこの編みこみは合わないんじゃないか」とか「派手すぎではないか」とか、様々な議論を重ねました。でも悩んだ分だけ、デザインも納得のいくものができましたし、編組コードで音の再現性も高まっていますから、リミテッドバージョンとしての付加価値は十分プラスできたと思います。

開発する中での裏話やトピックスがあれば教えてください。

最近は3Dプリンターを使って試作機を作れるので、いろんな形状を試せるようになりました。こんな小さなハウジングでも精度よく作ることができます。デザインを決定する前から色々試せるので、より音作りに時間をかけられるようになりました。

時代を感じさせる話ですね。ところで、音作りをする上で基準にする音楽ジャンルなどはあるんですか。

基本的にジャンルは絞っていません。標準音というのがあって、まずそれを基準にして音の響きを調整しています。そして、様々な楽曲に合わせても調整しています。今の若い人たちが聴いているような楽曲も基準にして、最近のJポップや世界的なムーブメントになっているEDMも試しました。打ち込み系でも生音でも両方対応できるような音作りを目指しました。

ライブやフェスで直に味わった感動を、ヘッドホンで再現したい。

音作りを仕事にしていく上で、田村さん自身が普段こだわっていることなどはありますか。

流行りの音楽は常にチェックするようにしています。特にライブで聴く生の音が好きなので、そこで聴いた音をヘッドホンで再現できるよう心がけています。

どんなアーティストのライブに行っているんですか?

主にフェスが好きで、フジロックやサマーソニックは毎年のように行っています。今年もフジロック、サマソニ、ソニックマニアに行きました。

FXT200/100にもそのライブ感は盛り込めましたか。

そうですね。肌で感じられるようなダイナミックな音や、屋外会場で感じる音の広がりも表現できたと思っています。

JVCの理念でもある「原音探究」に照らし合わせると、FXT200/100の音の仕上がりはいかがですか。

原音探究にも様々なアプローチの仕方があると思っています。木の自然な音色からアプローチする方法もあれば、ストリームウーハを搭載したFXZ/SZシリーズのようなアプローチもあります。このモデルでは高密度からのアプローチで、原音に近い音を引き出せたと思っています。

今後作っていきたい音のイメージはあるんですか。

私が思い描く究極の音は、アーティストの想いをそのままの形で届けられる音です。私が作ったヘッドホンで音を聴いて、お客様に感動していただけたら、それがゴールなんだと思います。一言で言うと「心に響く音」ですね。心に響いたと思っていただけたなら、それはアーティストの想いが伝わったということ。高音の抜けや低音の響きのような具体的な音色ということではなく、お客様の心に響く音をお届けしたいと思っています。

なるほど。単純なようで、実に深い言葉ですね。
ところで、田村さんはFXT90の開発にも携わっていらっしゃいましたが、スピーカーのようなこの縦並びのユニットを実現した時点で、手ごたえはあったんじゃないですか。

そうですね。JVCケンウッドにはスピーカーを担当している部門もあり、開発の際は多くの仲間からアイデアをもらいながらツインシステムユニットを完成させました。お客様からも密度の高い音を実感いただけたという反応があり、本当に嬉しかったです。見た目の説得力もありますし、お客様に満足感を感じていただければと思って、今回のFXT200/100でもうっすらと縦並びのユニットが見えるように外観を設計しています。

ユーザー目線を大切にしてらっしゃるんですね。

ユーザーの方の声を、私たち技術者は大切にしないといけないと思っています。ヘッドホンのイベントに参加させていただくことがあるんですが、私たち自身がお客様の声を直接聞ける貴重な機会ですのでとても楽しみにしています。熱心な方の中には、私たち技術者のことをご存知で訪ねてくださる方もいらっしゃいます。お客様の声を商品に反映できれば、これ以上のことはないです。

お忙しい中、ありがとうございました。

聞き手:浦本 慎太郎