ホーム > ビジネス向け製品・サービス > ビジネスソリューション業種別導入事例 > 放送・映像導入事例 > ハイクロス・シネマトグラフィ様
昨年公開され、白石和彌監督、主演の門脇麦がブルーリボン賞を受賞するなど、注目を集めた映画『止められるか、俺たちを』は、2012年に亡くなった映画監督の若松孝二が設立した若松プロダクションの1969年当時を舞台として描かれた青春映画。
同作品の撮影監督、辻智彦氏は、劇場映画、テレビ番組でも多くのドキュメンタリー作品を手掛けている。
辻氏も多くの出演キャストや制作スタッフと同様、若松監督とともに映画制作に携わってきた経験を持つ。
『止められるか、俺たちを』では、JVCケンウッドの Super35mm CMOSセンサー搭載 マイクロフォーサーズマウント4Kビデオカメラ「GY-LS300CH」(以下LS300)を用いている。
JVC Logモードで撮影。グレーディングは、辻氏自身がAdobe Premiereを用いて実施している。辻氏はその後、さらに劇場映画2作品でも、LS300を用いて撮影している。
発売当初からLS300を導入し、現在自社に4台保有しているという辻氏に、劇場映画作品でのLS300の撮影について聞いた。
映画『止められるか、俺たちを』は、若松プロダクションで助監督として活動した吉積めぐみを主人公に、彼女が1969年に入社してから72年に急死するまでの若松プロでの人間模様を描いている。
学生運動の盛んな時代の中で、映画を創作活動として純粋に追求する傍らで、プロダクションの運営資金を稼ぐためのピンク映画製作にも独特の表現力を発揮。
商業的にも成功をもたらすが、やがて創作活動が先鋭化し、商業的な映画制作と乖離していく状況の中、映画づくりが好きだった吉積の葛藤を描いている。
出演キャスト、制作スタッフには、若松プロダクションの出身者が多く、また、作品自体、「若松プロダクション映画製作再始動第一弾」として企画されている。
物語は、原宿のセントラルアパートに実際にあった若松プロダクションや、新宿のゴールデン街など、昭和40年代の東京の風景や若者の姿がリアルに描かれており、激しい感情のぶつかり合いがある中にも、人の温かさを感じさせる作品だ。
新宿ゴールデン街の極度に狭いバーでの仲間内の会話や、狭い階段をのぼった奥の飲み屋での乱闘シーン、下宿先に集まった制作スタッフの飲み会や、ロケ現場での若松監督の激しいダメ出しを受けて駆け回るアシスタントの姿、事務所の廊下でスタッフ同士が交わす熱のこもった議論など、狭い空間における演技が活写されており、現場の臨場感をストレートに伝えている。
辻氏は、LS300を2016年に購入している(LS300の発売は2015年3月)。以来、テレビのドキュメンタリー作品などで活用しているという。
現在では、4台のLS300を所有している。今回は所有のLS300を1台使用して全編を収録している。
この『止められるか、俺たちを』の撮影に続いて、映画『ある町の高い煙突』(2019年6月22日全国公開)、映画『タロウのバカ』(2019年9月6日全国公開)の2本の映画もLS300で撮影している。
辻氏自身「劇場映画でのLS300の撮影はチャレンジな部分もあった」というが、長年にわたる使用感が生かされ「機動力の良さを生かすことができた」と話す。
LS300を導入したねらいについて、辻氏は次のように話す。
「当時、テレビのドキュメンタリーを中心に映像制作をしている中で、より高精細な映像を求められるようになってきていました。
デジタルシネマ・カメラをテレビ用に利用する例も出てきていたが高価で、しかも使い勝手に課題があるなど、決め手を欠いていました。
そうした中で、いろいろな製品を探しているときに、JVCのLS300を借りて使って見たところ、完成度の高いカメラではないが、非常に魅力のあるカメラだと思ったんです」
「まずは絵が良かった。そして非常に扱いやすかった。テレビのドキュメンタリーは、少人数態勢。ワンマン・オペレーションでの撮影も多い。
少人数態勢で重要なのは、手元の操作のしやすさと軽さ。いろいろなメーカーの製品を研究しているが、手触りが違う。
不思議な魅力を持っていましたね。それと同時に、これまでマイクロフォーサーズのカメラを使っていたために、そのレンズ資産やアダプターなども生かすことができたのも大きいですね」(辻氏)
「機能もいろいろ便利なものがありますが、中でもバリアブルスキャンマッピング機能は、テレビのドキュメンタリー、特に海外ロケのインタビューなどで重宝していますね」
「バリアブルスキャンマッピング機能は、HD収録のとき、ズームレバーでリアルタイムにセンサーサイズを変えられる機能です。
これがなかなか他の製品にはなくて、非常に有用です。いってみれば、被写界深度の浅い単玉の25mmレンズでズームを使える感覚ですね」
「実際には、二倍程度のズームではありますが、テレビ番組等でムードのある映像を作りつつ、ドキュメンタリーで相手の動きにあわせたいというときに、そのズームのフィーリングがいいんです。
海外取材でのインタビューのときなど、装備の関係からレンズもワンサイズのみを持ち込んだ場合でも、すっと寄っていくようなズームインなどが単玉レンズで使えるというのは非常に魅力ですね。
メニュー設定で、ズームのスピードもスムーズに変更でき、丁寧に考えられていると思います。
社内(辻氏が代表を務める株式会社 ハイクロス シネマトグラフィ)では、私を含め当社のカメラマンが使う中で、これいいね、という話が徐々に広がってきて、今では4台持っています」(辻氏)
当初、テレビ番組制作の中で高画質、高品質への対応で導入したLS300を、今回映画でも使用することに決めた経緯について、辻氏は次のように話す。
「『止められるか、俺たちを』は、主演の井浦新も含め、若松孝二監督を慕う仲間で作った非常に小さな映画。
その中で、自由に使えるカメラを考えたとき、レンタルではなく、自社のものを使おうということでLS300になった。
それまでの使用経験から、使いやすさという点で手応えもあった。
また、テレビ以外の撮影でLog機能を使った経験があったので、JVC Logモード(J-Log1)を使った撮影をすることにしました」
「LS300は、非常に軽くて持ちやすく、低予算なのでカメラ操作はほぼワンマンで進めました。
レンズは、マイクロフォーサーズ対応の単玉3本(コシナ フォクトレンダー NOKTON17.5mm、25mm、42.5mm)と、8倍ズームレンズ(オリンパス M.ZUIKO DIGITAL ED 12-100mm F4.0 IS PRO)を使用。
ズームレンズにはギアを用いたフォローフォーカスを装着して使用しています。
また、カメラ上部にはブラックマジックデザインのVideo Assist 4Kに4K24PをHDMIで出力して、フォーカスの確認をしています」
辻氏は、JVCのLogのモードについて「他のLogと比べると、かなり異質。Logでありながら、Logでない。素直な特性ですね」という。
「通常Logというと浅い、ぼやけたローコントラストをイメージすると思いますが、JVCの場合、Logデータのままでも使えそうなぐらい鮮やかです」
「そのかわり、階調は12ストップで許容度は低いが、自然な特性を持っていて、LUTをあてて調節していくとトーンがナチュラルな感じでいいんです。
そのトーンがかなり有効に生きている。ベースの素直さがカラーグレーディングをやりやすくしている部分があると思います。
8ビットカメラなので、バンディング(滑らかなグラデーションが縞模様になる状態)が出そうだが、ほとんど出ないし、出てもそれほど気にならない。
ここまで3本の映画を撮影してきて、これでほぼ確信できました。次の5月半ばから次の映画が入るが、それもこれで撮ろうと思っています」
「今回は20個のLUTをつくり、シーンにあわせてそれぞれ異なるLUTをあてています。タングステン用とデイライト用それぞれで合計40個になります。
実際に使用したLUTは作っていただいた40パターンのうち、デイ用で2種類、ナイト用1種類の3タイプでした。
昼は硬めの画調で、ハイの部分を伸ばす場合と圧縮する場合で使い分けました。ナイトシーンはコントラストがやわらかいLUTを使用しました」
「大まかな方向性でまずLUTを当てた上で、シーンの狙いにあわせてさらに追い込んでいく、というプロセスでした。
狙いとしては、時代感を感じさせながらも、どことなくぎらついたケバケバしさも残す、という感じです」
※DCI LUTはJVCホームページにて公開中。
記録媒体は、SDカードで、ダブルスロットに2つ同じ解像度の映像を同時記録している。
「4K収録の場合は、ダブル収録で使用しています。万が一、SDカードでトラブルが起きたときの対処ですね。ドキュメンタリーの場合、テイクを重ねるということができませんから、もう一度同じ映像を撮ることができない。
ダブル収録をすることで、少しでも事故の発生を低減できるのでダブルスロットは重要ですね」
「テレビ番組のときは、海外収録で1つには普通のHD収録をして、もう1つはプロキシ編集用の映像を記録しています。
海外収録の場合、外国語を書き起こしてから日本語に訳すため、収録直後にホテルから日本に送ります。
音声レコーダーで収録という手もありますが、映像を見ながら、どういう人がどういう表情で話をしているのかという情報も重要になるので、映像で送るようにしています」
映画『ある町の高い煙突』は、新田次郎の同名小説を映画化した大作映画。
茨城県の久慈郡入四間(いりしけん)で1910年に発生した日立鉱山の煙害に対して立ち向かった地元村民と企業側、政府の対応と、その結果として当時世界最大といわれた100メートルの煙突を建築する計画が実現するまでの人間模様が描かれている。
6月22日に全国公開予定だ。
前述のように、辻氏は『止められるか、俺たちを』に続いて、映画『ある町の高い煙突』の撮影でも、LS300を採用している。
「今回の場合、予算的な制約はなく、選択肢は他にもあったのですが、私自身が長年使っており、前作でLogを使った映画での経験もあったので、LS300で撮影することにしました。
ドキュメンタリー、映画の両方に使えるところはやはり大きいですね。
車でいえば、これでレースにも出て、スーパーにも買い物に行けるという。カメラマンとしては非常に嬉しくて、あとは使い方で何にでも変身できる。使っていくと経験値が出てきて、自分の感性とマッチングしやすい」
「私自身、ドキュメンタリー出身なので、現場の雰囲気をうまくつかまえるカメラワークを求められることが多いのですが。
『ある町の高い煙突』では、三脚を据えてしっかりした構図で撮っていくという形が多かったですね。そうした中でLS300をどうやって使うか考えました。
カメラ2台でマルチ撮影のときもありましたが、ベースに据えたのはLS300なので、どことなくフットワークの軽さを生かすため、結果的に手持ちの撮影も多かったですね」
「時代劇であるということ、また、VFXをたくさん使うということで、昔の写真を見ながら色味を研究しました。VFXの担当者とはトーンのすり合わせなど、大分打ち合わせしました。
ちょうど昨年の5-6月に撮影したので、新緑が青々としていたんですが、煙害によって農作物が被害を受ける状況を描いているため、最後のグレーディングでだいぶ落としています。
ただ、制作サイドからは、それほど古めかしいルックにする必要はないと言われました。
テーマとして、今話題のCSR(企業の社会的責任)活動の先駆け的な意味合いもあるので、歴史的な出来事という重々しい雰囲気でなくていいのではないかと。だから、わりと素直に撮っています」
LS300で数多くのテレビドキュメンタリーを撮影し、さらに劇場映画3作品を撮影した感想として、辻氏は「画質、操作性については満足しています。
完成度は高いというわけではなく、まだ改善してもらいたい点もあるのですが、魅力的なカメラですね。メーカーの技術担当者が現場の声に耳を傾けてくれる点も評価しています。
映画に挑戦した時もいろいろ協力してくれました。そういうところも、プロにとっては『使いやすさ』の部分に入りますね。ソフトのアップデートの頻度も高いので、買った後も機能が増えています。
YUVの422収録ができるようになったり、バリアブルスキャンや4K60P外部収録も、ファームウェアアップデートによって追加された機能です」
「購入して、使い勝手を磨いていくという使い方ができる。日々接しているので、カメラの色合いも体で把握できている。
そのへんは、カメラとのつきあいで酸いも甘いも知っているというのでしょうか。
夫婦のような、右腕のような。欠点も見えていますが、それをどうやってカバーするかを考えて、良いところを引き出している。そうした関係性の長さが良いほうに作用していると思います」
「LS300の映像はやさしい感触に感じますが、これはおそらくカメラの特性だと思います。発色がいい。
こういう特性は数字で出てこない部分なので、どこがどう、と言いにくいのですが、おそらく『無理をしていない』というのがキーワードだと、ずっとそう思っているんです。
つまり、スペックを追いかけていない、ということだと思うんですよ。
JVCの技術担当者の方も、かなりの映像を実際に撮っているようですが、数値を追いかけるだけではなく、そうした実践での蓄積みたいなものがあるのかもしれないですね」
【映画『止められるか、俺たちを』】
2018年10月13日(土)よりテアトル新宿ほか全国順次公開
■出演
門脇麦 井浦新
山本浩司 岡部尚 大西信満 タモト清嵐 毎熊克哉 伊島空 外山将平 藤原季節 上川周作 中澤梓佐
満島真之介 渋川清彦 音尾琢真/ 高岡蒼佑 / 高良健吾 / 寺島しのぶ / 奥田瑛二
■スタッフ
監督 白石 和彌
脚本 井上淳一 音楽 曽我部恵一
製作 尾崎宗子 プロデューサー 大日方教史 大友麻子
撮影 辻智彦 照明 大久保礼司
美術 津留啓亮 衣裳 宮本まさ江 ヘアメイク 泉宏幸 編集 加藤ひとみ
録音 浦田和治 音響効果 柴崎憲治 キャスティング 小林良二 助監督 井上亮太
制作担当 小川勝美 タイトル 赤松陽構造 宣伝プロデューサー 福士織絵
■製作 若松プロダクション スコーレ ハイクロスシネマトグラフィ
■配給 スコーレ
■宣伝 太秦
(C)2018若松プロダクション
【映画『ある町の高い煙突』】
2019年6月22日 有楽町スバル座ほか全国順次公開
■配給 エレファントハウス/Kムーブ (C)2019 Kムーブ
■出演
井手麻渡 渡辺大 小島梨里杏 吉川晃司 仲代達矢 大和田伸也 小林綾子 渡辺裕之 六平直政 伊嵜充則
石井正則 螢雪次朗 斎藤洋介 遠山景織子 篠原篤 城之内正明 大和田健介 たくみ稜
■作品情報
2019年/日本映画/カラー/130分/シネマスコープサイズ/5.1ch
掲載元:HOTSHOT( https://hotshot-japan.com/column/ls300ch-tsujitomohiko/ )
※記載の法人・団体名・組織名・所属・肩書きなどは、すべて取材時点でのものです。