スポーツ中継から情報番組や空撮まで、撮影ジャンルを問わないTVカメラマンであり、イベント収録やWEB CM制作なども請け負う街のビデオ屋さん。延べ100ヶ国以上の海外ロケや年間80日以上の甲子園球場取材など豊富な撮影経験を持つ。タイムコード・ラボ代表。
GY-HC900CH(以下、HC900)は、フルサイズのショルダーマウントビデオカメラだ。このカメラを一言で説明するとすれば何だろうかと考えたとき、「当たり前に使えるENG※1カメラ」というのが最もシンプルでしっくりとくると思う。(※1:Electronic News Gathering)
テレビカメラマンは、現場で標準的に使われている他社のENGカメラの操作系統に慣れ親しんでいる。これは標準画質時代からHDになり、テープからディスクやカードになっても変わらない。“当たり前”のオペレーション感覚がカメラマンに染みついているのだ。
慌ただしく失敗の許されない現場で、そうした操作感は重要で、カメラの誤操作や戸惑いを生まない、言い換えればカメラマンにストレスを与えない仕様が求められる。
その点で HC900は、ENGカメラに慣れている者であれば、誰でも当然のように扱える“普通のENGカメラ”であると言える。
だが、単に模範的なカメラとして留まらないのが HC900の魅力であり、また特徴であるのも確かだ。
HC900を現場に導入し、番組や映像パッケージを制作しているユーザとして、HC900の特徴を紹介していきたい。
HC900は2/3型 3CMOSを搭載し、B4マウントを備える放送業務用HDカメラである。手持ちのB4マウントレンズ資産を使え、慣れたENGレンズの焦点距離や操作感で撮影することができる。
感度は高くF12(2000 lx、60Hz)と他社ENGカメラと並ぶ高感度を実現している。暗部などのノイズは少なく、夜間でも比較的スッキリとした映像を撮影することができる。
収録メディアは SDXCもしくは SDHCカードへの記録が可能。H.264かMPEG2コーデックが選べ、収録形式も QuickTime/MP4/MXFとマルチフォーマット対応である。収録ビットレートはQuickTime(MOV)選択時に最大70Mbpsの高いビットレートを選択でき、1920×1080/59.94p 4:2:2 10bitの高画質収録が可能になっている。
音声入力はFront Stereoマイク(XLR-5pin)/Rear入力 2ch(XLR-3pin ×2系統)/スロットインワイヤレス 2chから、4系統を選択でき、最大4ch収録が可能になっている。収録フォーマットは、LPCM 4ch 24Bit 48kHz(映像が422 10bitモード時)で、ENGカメラとしては不足無い仕様だ。
また、HDカメラながら昨今では外すことの出来ない HDR※2にも対応。J-Log1/HLG※3の2つのHDR形式を選べる。(※2:High Dynamic Range、※3:Hybrid Log-Gamma)
さらに ITU709より高色域の ITU2020 での撮影も可能であり、HDR+ITU2020撮影時には、ビューファインダーなどに ITU709カラースペースの LUTを当てての表示も行える。
そのビューファインダーは、3.26型 OLED(有機ELパネル)を採用したカラービューファインダーとなっている。またカメラ本体側面には、3.5型 カラーLCDモニターも備わっており、カメラ映像の他、音声レベルメーターやタイムコードなどのステータス表示も可能である。
また、同社ビデオカメラの特徴でもあるネットワーク機能も強化。“CONNECTED CAM”という IP接続による映像制作ソリューションを掲げ、その第一弾となるカメラレコーダーが“GY-HC900CH”となっている。カメラ本体にはUSBホストコネクタが用意され、Wi-Fi/LTE対応のドングルやビルトインの有線LAN端子によるネットワーク接続が可能。また標準で2.4GHz/5GHz対応MIMO方式デュアル・アンテナ型内蔵無線LANをインストールしており、IPによる運用が日常的なものとなるように提案されている。IPを使った運用は、カメラの映像を配信するだけではなく、IPリターンビデオやオーディオ、インカム音声、さらにカメラコントロール機能などが利用可能で、配信以外のローカル収録の現場でもIPを活用した運用が可能になる。
私が HC900を導入したい現場は数多くある。まず、基本的には従来のENGカメラで行っている現場は全て置き換えられると思っている。私の住んでいる関西のテレビロケの現場では、ディスクカメラなどの運用も増えてきているが、今もテープカメラにSDカードレコーダなどを接続してカメラの延命と、編集環境のローコスト化を両立させている案件が多い。
テレビの現場は縦割り的な完全分業だ。放送局や制作が求めるメディアフォーマットに対応しなければならず、テープカメラや特定のレコーダ商品を指定されると、受注側はそれに応えざるを得ない。
だがHC900を導入するメリットを伝えると、現場への投入を考慮してくれる制作も増えつつある。特にSDXCカードに直接収録できる点は興味を持ってもらえる。今も外付けのSDカードレコーダを併用している現場では、置き換えを行いやすい。また HC900はデュアルスロットを備えるので、SDカード2枚に同時収録を行えるため、バックアップが作れる事も強みだ。さらに、クリップコンティニュアス機能も搭載されているので、複数カットをまとめて1つのクリップとして扱えるなど、編集時のハンドリングも良い。
実際にHC900を使ったロケを紹介しよう。私がレギュラーで入らせてもらっている報道番組の1コーナー。アナウンサーによる現場レポートとその後のインサート撮影によって構成される。従来は放送用標準機とも言える他社のテープカメラであったが、2019年からは HC900を使った取材に切り替えた。
HC900を導入した初回、スタッフが合流したときのディレクタの第一声が「かさばるテープを持って来ずに済んで、本当に身軽だ」と喜んでくれた。これだけでもHC900による現場の変化を感じてくれたはずだ(笑)
SDカード収録には、メディアの小型化・メディアコストの抑制・デジタイズ不要など制作フローの改善などがあるが、技術的な面で言えば湿気によるテープの張り付きエラーなどが起こらなくなるので、寒暖差の大きな場所間の移動や湿気の多い場所での取材で不安材料が1つ減るのもメリットだ。
また、HC900は防水規格「IPX2」※4相当の設計になっており、多少の雨にも耐えられる仕様だ。
そんな湿度※5や水滴に耐性のある HC900 の強みが発揮できたロケが「銭湯取材」だった。天井からの水滴や浴場の湿気などカメラの天敵要素の多い現場だが、トラブル無く収録が行えた。もちろんレンズの曇り対策などは別に行っている。
※4:
IPX2(落下する水滴に対する保護等級)とは、真上から落下する常温の真水の水滴が、15度以内の傾きの機器にかかっても、機器の機能が正常に動作することです。
※5:
許容動作温度 0℃~40℃
許容動作湿度 30%RH~80%RH
また、全体的に照度の低い浴場などでも HC900のF12という感度がノーライトに近いセッティングで取材を遂行することができた。スケジュールがタイトで少人数のロケでは、こうしたカメラ性能の高さに助けられる現場がままある。
HC900を担いだときの印象は、バランスの良さだ。実は本体重量は結構あり4.7kg。昨今4kg弱というENGカメラが多い中で、HC900は少し重めだ。しかし、そのぶん「うしろ重」となるので、レンズとバッテリーを装着したオペレーション時のバランスは安定しており、結果的に長時間カメラを担いでいても腕が疲れにくいなどのメリットがある。
また、HC900のデザインはロープロファイルで、カメラを担いだときにカメラマンの右側の視界が塞がれないのも良い。右側が見やすいことで、右方向の被写体の確認やスタッフとのコミュニケーションが取りやすくなる。
一方、HC900のカメラ左側面は少し凹凸があるため、カメラマンの右頬から右耳のカメラへの当たりが悪いという不満もある。カメラを担ぐ際に、右脇を締めて右手と右肩を使い更に右半顔でホールド感を高めて安定させるが、HC900では顔の当たりに違和感を覚える。顔に当たる部分は全体的にフラットなデザインで良かったのではないかと思う。
ビューファインダーは3.26型OLEDで、残像も少なく色も正確で見やすい。解像度は WVGA(854×480pix)と決して高解像度では無いが、ピーキングの付き方も丁寧で、またカメラの拡大フォーカス機能を併用するなどすれば、フォーカシングに苦労することは無い。私の場合は、レンズの RETボタンに拡大フォーカス(動作:一時的)を割り当て、RETボタンを押している間だけ拡大フォーカス機能が働くようにすることで、素早くフォーカシングを行っている。
スイッチやボタン類は、デファクトスタンダードに準拠と言っても問題無いレイアウトで、ごくごく使い慣れた物になっている。メニュー画面は、同社のハンドヘルドカメラHMシリーズのそれと同等で、メニュー項目も分かりやすく、また設定項目も豊富だ。
スイッチ類で注意が必要と言えば、音声入力に対するレベル調整のAUTO/MANUALスイッチの切替えだ。他社ENGカメラの場合は、スイッチの上がAUTOで下がMANUALなのが一般的だが、HC900はこれが逆になっている。MANUAL調整する際に使うボリュームダイアル側をMANUALに――という考え方からだろうが、これは事故を招きかねないのではと心配だった。だが、現場でこのスイッチを触ることの多い音声マンにこの仕様をどう思うか聞いてみたところ、「知っていれば特に戸惑うことも無いので、問題には感じない」との事だった。「HC900はAUTO/MANUAL切り替え方向逆です」とひとこと言っておけば大丈夫な話だった。
「そんな事よりも、液晶の視認性が高いのが良いね」というのが音声さんの評価。カラー表示によるレベルメーターや、入力系統(FRONT/REAR/Wireless)の明示など、液晶画面で分かりやすく表示してくれるのが助かると言うことだった。欲を言えば「もう少し液晶画面がカメラの後方に付いていれば、カメラマンの後頭部に画面が半分隠れなくて、音声マンもディレクタも画面を見やすいのに」とのことだった。これは、カメラを担いでいないからこそ見えてくる評価だ。
私が使っていて、現場で少し工夫が必要だと思った事は、高感度と色温度だ。
HC900は F12(2000lx、60Hz)の大変に明るいカメラだが、これが屋外だと明るすぎる嫌いがある。春先の屋外でも、晴れた日だとND1/64でもアイリスは F8.0などそこそこ絞り込む必要がある。この時は、マイナスゲインを使って ND 1/64、-6dBでF5.6~F4.0程度で運用したが、夏の晴天下などは対応しきれないのではないかと心配だ。贅沢な悩みではあるのだが、同社HMシリーズのように、撮影モードで“標準/拡張”のような切替えがあっても良いのかも知れない。
また、色温度メモリが2チャンネルしか無いのも運用上の工夫が必要だろう。実際これはHC900を使った他のカメラマンから出て来た不満だ。HC900はプリセット色温度を2設定とメモリを2チャンネル記憶できる。だが、屋内外の出入りが多い街ぶら系のロケやドキュメンタリーなど、現場の流れを止めにくい取材では、色温度の保存スロットが足りなくなると思う。他社製ENGカメラの中には、ターレット式のカラーフィルター(CC)と連動して最大8メモリのもの色温度を記憶できる機種があるが、そういう機種を使い慣れていると HC900の色温度メモリ数は物足りない。8チャンネルとまでは言わないが、せめて4チャンネルは欲しいところで、屋外で晴天/曇天、屋内で白熱灯/蛍光灯など、これらの色温度に対応できるだけのメモリは確保しておきたい。もしも拡張できる余地がHC900にあるならば、ぜひ色温度メモリ数を増やしてもらいたい。
私の場合、テレビロケ以外にもいわゆる「街のビデオ屋さん」業務も多い。このレビューを書いている春先は、幼稚園のおゆうぎ会や卒園式の収録なども請け負う。例年であれば、ハンドヘルドタイプのGY-HM660などを使うのだが、今年は HC900で収録することにした。
決め手はやはりSDカード収録という点と、その中身の収録フォーマットだろう。SDカードという入手性が高くローコストなメディアで、デュアルレックもしくはバックアップレックをしながら、ノンストップで長時間収録を続けられるのはメリットだ。また、大きなENGカメラであっても、収録されたファイルは従来のハンドヘルド機と変わらないファイルサイズ。編集までを考えたときに、長時間収録でも編集用PCのHDD容量を圧迫しないファイルサイズはストレージにかかるコスト管理の点からも重要だ。
さらに、レンズ交換が可能なため、会場の広さやイベントの性格に合わせてレンズを自由に選べることも、B4マウントレンズを搭載する HC900のアドバンテージだろう。各メーカー、何かしらレンズ操作にクセのあるハンドヘルド機よりも、フルマニュアルの放送用ENGレンズの方が確実なレンズワークを行えるため、カメラマンとしてはストレスが無い。
HC900を使って感じるのは、ENGカメラの操作性の良さと、ハンドヘルド機のコストパフォーマンスの高さなどを両立させたようなカメラだ、と言う点だ。
最初に取り上げたように、プロが使うENGカメラの当たり前の操作感というのは重要だ。現在はハンドヘルド機やDSLRなどが当然のように現場に入ってくる時代であり、機材によって操作系統も全く違う。もちろんそうした機材に慣れていくことも今の時代のカメラマンには求められるスキルだが、やはり何も迷う事無く使える操作系統をもった ENGカメラの安心感は他には代え難い。その点で HC900は、ENGカメラを扱うプロのカメラマンであれば、違和感なく受け入れられるだろう。
一方で、ENGカメラはカメラメーカが独自に開発した専用メディアによる収録が一般的だ。ノンリニア編集で扱う上でも、プロ用の編集ソフトでしか扱えないなどクローズドな世界だ。しかし、HC900は汎用性のあるSDXCカードなどに一般的なQuickTime形式やMP4での記録が可能である。メディアの入手性の高さやローコストはもちろんだが、一般的なファイル形式で記録されることで、急遽現場でクライアントの持ってきたビジネス用のノートPCで再生したり、収録フッテージをそのまま納品したりすることも可能になる。この辺りは、ハンドヘルド機であれば障壁は低かったが、ショルダータイプの放送業務機では独自フォーマットの壁が高く、別で収録機を回すなどの対応が必要だった。HC900は流用性の高いファイルをネイティブに記録することができるため、その点でも持ち込むことのできる現場が広がるのである。
このようにHC900の存在は私の現場で、テープ収録からメディア収録へ、ハンドヘルド機からENG機へ――と機材転換をもたらしている。
それは勿論、HC900の高い基本性能があってこそであり、従来のENGカメラに十分に置き換わることができる性能を有しているからである。
また、HC900はファームウェアアップデートによるソフトウェア機能の追加・改善も積極的に行われ、さらには拡張スロットによりにハードウェア的な発展も可能な「進化するENGカメラ」となっている。
今後のバージョンアップ次第では、HC900がさら活躍する案件やフィールドが広がることが期待できそうで、大変に楽しみである。