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アーカイブ情報1978年から2009年にわたり日本ビクター(株)主催で開催された「東京ビデオフェスティバル」の情報です。
『漢字テストのふしぎ
』は、漢字の「とめ、はね、はらい」などの基準があいまいで、テストの採点に
かなりのバラツキがあることに疑問を持った高校生たちが、小・中・高の先生や教育委員会、文部科学
省の担当者らに次々とインタビューを試み、問題点の本質に肉迫した作品です。
審査委員の高畑勳氏は、「その追求がじつに理知的でありながら、先生方を構えさせず、ありのままに 語らせて矛盾を露呈させる、高校生作者の力量に感嘆した。ユーモアもあり、素晴らしい」と讃えてい ます。
ビデオ大賞作品の中でも、審査会で最も多くの時間議論され、高い評価で一致した作品が『Plays the
air.
』でした。こうありたいという願いと、社会に出てそれを貫いていけるかという不安。ゆれ動く心の
内を、同世代の主人公が日常空間の中でてらいなく演じ、計算し尽くされたカメラワークでこれを確か
に描き切った作品。
審査委員の椎名誠氏はこの作品について「主人公の夢見る進路に不安と期待が交差する。客観と主観 のメリハリの効いた映像および編集のわざ。テーマに対してすべてが自然で話の展開にあざとさがない のがいい。即興の旋律が秀逸(注:途中、主人公がピアノに向かい独り言のように即興の歌を口ずさむ シーンがある)。センスがいいのだろう。ここ数年のベスト作品と思う」と評し、同じく大林宣彦氏も、 「永い伝統が生み出した優れた文学作品にも喩えられる、大きな成果」と激賞しています。
『Fear no Evil(わざわいを恐れるな)
』は、イラク、パレスチナ、ニューヨークに住むアラブ人の若者
3 人が語る、米国の戦争政策と未来への思いを描いたドキュメンタリーです。
審査委員の羽仁進氏は、「テロというものが、一部の人々だけでなく、町中を破壊して射ちあっている 土地の少年少女の多くの中で生きていることを、さりげない日常性の中で鮮明にとらえて、私達の心を 突き刺す。マス・メディアのテレビでは、ついに使いこなせなかったことの多いインタビューが、ビデ オの世界でこうまで開花したのは驚きだった」と評しています。
ビデオ大賞の『Plays the air.
』(内田セイコ・23歳)をはじめ、今回も若い世代の入賞が目立ちました。
佳作を含めた入賞作品(100 点)のうち作者の年齢がわかっている89 点中、半数に迫る43 作品が20 代
以下の作者(10 代= 5 人、20 代= 38 人)となっています。優秀作品賞(31 点)でも、年齢が判明して
いる27 点のうち、20 代以下が12 作品を占めました。日本の若者たちが身近になったビデオカメラを巧
みに使いこなし、ドラマやアニメ、アートなど思い思いの作品づくりを楽しむようになり、一方で本格
的な創作を志す人たちが出てきたことや、中国、香港、韓国、タイなどアジアから映像作家を目指す若
者が、「TVF」に積極的に出品するようになったことが背景になっているようです。
『最后的水(最後の水) 』(Weike Jin・21 歳・学生・中国/優秀作品賞)=重慶の干ばつと戦う人々の姿を描いたドキュメンタリー 『Peeple 』(渡邊皐・26 歳・助監督・東京/佳作)=盗撮を題材に人間の信頼関係を問いかけたドラマ 『Somewhere(何処かに) 』(Mak Shing Fung・22 歳・学生・香港/佳作)=中国特有の水墨アニメの神秘的な映像をCG 手法を取り入れて描いたアニメ 『秋夕特集 家族映画 』(Shin SeungHwan・24 歳・韓国/佳作)=失われつつある家族の絆をテーマにしたドラマ ——なども、その好例です。
個人のビデオ作品にとって最も身近な、そして最大の関心事でもある被写体は「家族」ということが
言えるようです。今回の入賞作品の中にも、家族が主要な題材、テーマになっている作品が10 数本含ま
れていました。作者の視点はさまざまですが、家族をめぐる状況が時代とともに大きく変わろうとして
いる中で、私たちの心のどこかに家族への思いがあります。作品に込められた家族の絆へのこだわりが
観る者に共感を呼び、引きつける力を持つのでしょうか。
『鯨がきっと微笑むように 』(岩澤宏樹・26 歳・アルバイト・北海道/優秀作品賞)=実家の引越しや 飼っていたペットのエピソードを通して、自分を見つめ直そうとする 『父を語る 母に先立たれて3年 』 (大井 忠・59 歳・自営業・埼玉県/優秀作品賞)=老妻を亡くした父親を励ますビデオレター 『父から息子へ〜腰越漁師物語 』(今泉栄司・32 歳・会社員・神奈川県/佳作)=漁師歴50 年の父と漁業を仕込まれる息子の、本音のぶつかり合いを描く 『蜃気楼 』(中野遼・21 歳・学生・滋賀県/佳作)=両親 が離婚し、「家族とは一番近くて遠い存在」のような思いにかられていた作者が、家族だった頃の痕跡を探る 『ノンナ 記憶をなくした女性 』(Susanne von Seefeld・54 歳・彫刻家・ドイツ/佳作)=年老いた母親と、母の記憶をとどめようと彫刻や映像の制作に打ち込む娘とのドキュメンタリー ——などが代表作です。
ビデオカメラが人に向けられたとき、そこに写し取られた映像には撮り手の眼差しが色濃く投影され
ます。人間の生き様を描いた“ポートレート作品”とも言うべきビデオが多数入賞していますが、いず
れの作品にも共通しているのは被写体に向けられた眼差しの真剣さと、温かさでした。
『ヒロタンとピアノ
』(ヒロタンとピアノ製作委員会・東京都/優秀作品賞)=障害で言葉を持たない少
年がピアノを通じて成長する姿を追った記録作品。画面からヒロタンを支える音楽講師と撮り手の体温
までもが伝わってきます。
『梅香(メイシャン) 』(Qinglin Shen・自営業・中国/優秀作品賞)=山奥で2 人の幼い生徒を教える21歳の女性教師を描いたドキュメンタリー。審査委員の椎名誠氏が「まさに個人映像でないと見ることのできない現代中国の厳しくも優しい“とある”エピソード。世界の広さを感じさせる」と批評。 『いのち輝くとき- 歴史に生きる日本人医師- 』(江口友起・21 歳・学生・神奈川県/優秀作品賞)=ミャ ンマーで医療奉仕をする日本人医師のひたむきな生き方を描く 『伝統技を継ぐ 』(藤井喜郎・68 歳・神 奈川県/佳作)=江戸の伝統芸能「角乗」の虜になった難聴の少女が特訓に励む姿を追った 『BOXING STYLE 』(松田義輝・20 歳・学生・滋賀県/佳作)=交通事故に遭い一旦は挫折したプロボクサーがカム バックし、勝利するまでのドキュメンタリー 『(ヤボハイの子)』(Shuhe Yang・40 歳・中国/佳作)=故郷の村に共同で事業を興そうと呼びかけ、懸命に夢を追いかける青年の姿を描く ——など、いずれも優れた人間観察が共感を誘います。
いわゆる“ドラマ”に分類される作品が、今回の全入賞作品のうち4 分の1 以上を占めました。それぞ
れ独特の味わいを持った作品ばかりです。いずれもテレビ番組のドラマにはない思い思いの“作家魂”が
秘められていて、強いメッセージを込めたシリアスなものから、仲間でワイワイ楽しみながら作った様
子も伝わってくるコメディーまで、作品の充実ぶりも目立ちます。
『Eine neue Theorie(新しい理論) 』(Eckhard Kruse・37 歳・IT グループリーダー・ドイツ/優秀作品賞)=自然科学と日常生活の結びつきを独自の“理論”で主張するコミカル・ドラマ 『Passenger(乗客) 』(Green Zeng・34 歳・映画制作・シンガポール/優秀作品賞)=中国へ帰国する老婦人が、空港へ向かうタクシーの窓から住み慣れたシンガポールの街を眺めながら、楽しかった日々を回想する 『Three Novice(三人の小僧) 』(Preecha Sakorn・30 歳・教育関係・タイ/優秀作品賞)=出家したいたずら好きの小僧3 人の修行ぶりを描いた短編コメディー 『白い影 』(GemStone・学生・東京/佳作)=自殺をテーマに、スリリングなストーリーで命の尊さを伝える 『忍者ごっこ〜超大豪華特別強化版〜 』 (京都市立下鴨中学校パソコン部/佳作)=中学生の仲間がつくった忍術合戦のエンタテインメント作品 『やっちろ子ども新聞社 』(本町1 丁目商店街振興組合・熊本県/佳作)=子ども新聞社の社員たちが地元に伝わる河童伝説の検証に乗り出す 『雨模様のないお月様 』(Chan Siu Chung・39 歳・学生・香港 /佳作)=上海から香港にやってきた2 人の留学生が互いに励まし合う日常を描く 『先生 』(Worrawut Lakchai・27 歳・教員・タイ/佳作)=生徒への体罰を咎められ辞表を書いた教師が、子供たちの純粋な心に触れて思い直す… ——など、力作ぞろいです。
現場に居合わせた生の映像を、多くの人の前で再現するビデオ記録の威力は、個人やグループによる
新しい“ビデオ・ジャーナル”の領域を作りあげてきました。それは、例えば地元市民だからこそでき
る地域社会のできごとや四季の風物などの記録から、メジャーのテレビ局カメラが入らない戦場にビデ
オジャーナリストが乗り込んで、銃弾の飛び交う最前線の実態を伝えるレポートまで、実にさまざま。
今回のビデオ大賞の一つ、世界3 箇所でのインタビューを通して戦争の不条理を問うた『Fear no Evil(わざわいを恐れるな) 』は、このジャンルの代表作といえます。なお、TVF 歴代ビデオ大賞受賞者の一人で、ビデオジャーナリストとして知られる米国のジョン・アルパート氏と若いスタッフとの共同制作による、イラク戦争の野戦病院レポート『 バグダッドER 』も、佳作に入賞しています。 『帰還日 』(柳原秀年・33 歳・会社員・神奈川/優秀作品賞)=内戦のリベリアから隣国に逃れた難民の帰郷と悲痛な実態を伝える 『The Coin(コイン) 』(Chin Tangsakulsathaporn・26 歳・映画制作・タイ/佳作)=バンコク市民の日常生活を侵食する裏社会の一面を描写 『市場へ行く道 』(Lee Chung Keun・28 歳・韓国/佳作)=ソウル市内の昔ながらの市場が、大型スーパーの進出で荒廃してしまった現実を追う… などは、社会に問いかける問題提起型ジャーナルの代表作。 一方で、個人の興味ある被写体に愛用のビデオカメラを向け続け、自然の営みや風土の移り変わりを活写したルポルタージュ作品でも、ビデオの記録機能が存分に発揮されています。 『どぶねずみ 』(松下竜也・24 歳・アルバイト・東京都/優秀作品賞)=川の土手に穴を掘って暮らすどぶねずみたちの生活空間と、意外な生態を記録 『くねの木エレジー 』(奥野拓也・62 歳・三重県/優秀作品賞)=水田の土手に植えられた“くねの木”が年々失われていき、田園風景も変容の危機にさらされている 『カイツブリ 』(黒河貫・68 歳・愛媛県/優秀作品賞)=カイツブリが子育てに悪戦苦闘する様を愛情いっぱいの目線で観察し続けた記録。 いずれも労作で、自然の営みの尊さを教えてくれる。 |